松浦武四郎の描画記録(3)

リイノタフは、「三軒屋」であると、何回も書いてきましたハッピー


 『巳手控』を読んでおられる方は、疑問に思ったかもしれませんはてな
 『巳手控』の84ページにはリイノタフの横に(月形町札比内)と書いてあるからですビックリ
 松浦文献を解読しておられる秋葉 実先生は、「リイノタフ」を月形町札比内であるとしておられるのです。
  『巳手控』は、『丁巳日誌』のフィールドノートにあたるものです。
 そこに描かれている絵は、『丁巳日誌』と少し異なります。その絵が、下の図ですグッド
 下に月形町札比内から見た三角山と浦臼町三軒屋からみた三角山を、カシミール3Dで描いたものを比較してみました。
 Aが三角山です。Bの位置は、札比内では開いてしまっていますが、三軒屋では、墨絵の形態と一致しています。
 AC間の位置関係も、札比内では一致しませんが、三軒屋では、墨絵のとおりです。
 また、他のことからもリイノタフは三軒屋であるとの結論になりましたラブリー
sankaku-hikaku-mi-tebikae.jpg

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このページは、19世紀の空知が2010年6月17日 06:59に書いたブログ記事です。

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