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  今日の某新聞朝刊の「ひと2010年」欄で、美唄と浦臼を結ぶ渡し舟のことが記載されていました。  文化4年の近藤重蔵の地図には、浦臼と美唄の間に朱線が描かれています。 これは、夷人路とのこ...
リイノタフは、「三軒屋」であると、何回も書いてきました。  『巳手控』を読んでおられる方は、疑問に思ったかもしれません。 『巳手控』の84ページにはリイノタフの横に(月形町札比内)と書いてあるからです...
 松浦武四郎がリイノタフで描いた絵を持って、浦臼町三軒屋へ行ってみると、絵の通りの山を見ることが出来ます。三角山です。 三角形の山ですので、そのままの「三角山」と名づけた人のセンスが良いのか悪いのかは...
 松浦武四郎は、沢山の資料を残しています。今回は、あまり注目されていない描画記録について記載させていただきます。 下の墨絵は、松浦武四郎の『丁巳日誌』に描かれているものです。そこには「リイノ...

三角測量

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前回は、ワッソンとデイにによる近代的な測量による地図について記載しました。 今回は、三角測量による地図作成について調べてみます。 明治8年から、本格的な三角測量が行われましたが、明治9年にデイが帰国し...
    今回は、「北海道石狩川図」の手書き地図についてです。  下の地図は、「北海道石狩川図」とほぼ同一の内容の彩色された、手書きの地図の岩見沢付近の部分図です。&nbs...
  今回は、「北海道石狩川図」についてです。  北海道における近代的な測量による地図作製は、ジェイムズ・ワッソンとモーレイ・デイによるものです。    ...
今回も、道庁の位置について検討してみます。  前回に、近藤重蔵は文化4年に旭川で水難事故にあったことを記載しました。 旭川から、石狩川を下り、浦臼町、岩見沢へと至りました。 このとき近藤重蔵は浦臼町を...
今回は、道庁の位置について検討してみます。  道庁がなぜ札幌にあるのか考えたことがありますか。 道庁が札幌にあるのが当たり前だと思っているのではないでしょうか。 道庁が出来たときは、札幌は小樽と比べ、...

囚人道路の謎(2)

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 前回は、達布山近くの小山で火を焚いたと記載しました。  でも、達布山で火を焚いたとの記録があるのですから、矛盾していますね。 その解決方法は、実は、その小山が達布山であるとすることです。 こんなこと...
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