1950年、世界で1000万人都市は東京とNYだけでした。

1975年にはメキシコシティが1000万人越え。3都市目。

2000年には16都市が仲間入りしました。半数がアジアです。

そして2025年には27都市になるとの予測があります。6割がアジアです。

これらのメガシティがある国には貧しい国もたくさんあります。


これらの都市はどうやって快適な(少なくとも人間的に生活していける)環境を手に入れるのでしょうか。治安・消防・救急・警察・交通・低炭素・衛生・・・・・

都市計画の力が明らかに問われます。

 

 

 

 

一方、北海道。


限界集落という絶望的な言葉でくくられるマチが増え、

消滅部落として人が居た痕跡が草むらに消えていこうとしています。

なにも山間部だけではありません。


札幌の郊外住宅地でも重大な問題が発生してきています。

少子高齢化に伴う住宅街のスラム化が札幌で起こっているのです。

札幌で高齢者の孤独死が加速度的に増えています。空き地空き家も増加の一途。

公共交通の衰退、買物難民に象徴される都市サービス機能の低下が進んでいます。


いままでの都市計画は、人口や経済が成長することを前提に行われていました。それでよかったし、戦後一貫して機能し続けました、20年前までは。

人口減少の今ではまったく機能しません。



今後いったい、どうやって解決していけばいいのでしょう。

ここでも、都市計画の力が問われます。



世界の巨大都市の問題も、北海道の田舎の問題も、今は解が見つかっていないことと、困ってる人が居ることでは同じといえます。

そこではプランナーは暴力的ともいえる現実の問題に対し必死に戦い続けるしかないのでしょう。



プランナーの端くれとして、先の見えない戦いを覚悟しなければなりません。

はぁ・・・・、なんだか辛そう・・・・・・・・泣く

 

 

絵文字はやはり恥ずかしい・・・・・・・・・・・・・



 

 

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コメント(2)

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こんにちは、いつもブログ拝読させていただいています。
都市計画について知識がないのでコメントするのはおこがましいですが私個人の馬鹿な考えですがコメントさせていただきます。

少子高齢化、人口減少による都市サービス機能の低下に対抗するには地域に根付いた商店の開業やサービスを町内単位の小さな範囲で行うのも手だと思います。

自動車も大きなスーパーもない時代にはどこへ行くにも徒歩で行ったと思います。
自宅の近くで用が足せるなら体の弱い高齢者にも身体的負担は少なく、地域の消費も向上し、街が潤っていくのではないでしょうか。

実際これを行うには莫大な資金や、人手、地域の協力が必要なんですけどね・・・

これからも考えさせられるブログ楽しみにしています。

YMさんコメントありがとうございます。

おっしゃる通りですね。
小さな範囲で有る程度完結する暮らしができることは
すごく大事なことですね。


二年前にお会いした経済産業省の役人が言ってました。

『これからはシャッター商店街ではなく、
郊外の大規模店が店を閉める時代になる。
シャッターメガモールが増加する。』

衝撃的な言葉だったことを覚えています。

その言葉通り岩見沢の郊外でも、
大きな温浴施設が廃墟化していってますし、
12号沿いにも大きな空店舗があります。

三笠のイオンモールもポスフールも、
行くたびに空いてるテナントスペースが増えています。


郊外のスーパーにばかり頼っていては、
市民生活が成り立たなくなる時代が来そうですね。

車ばかりに頼り、格安・激安を追いかけてばかりいないで
子供や孫の世代まで本当に安心した生活を営めるように
そろそろライフスタイルを
改める時期が来ているのかも知れません。

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このページは、CC 日記が2010年8月24日 00:40に書いたブログ記事です。

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